野根山街道 part1 (宿場杉〜野根山)【高知/四国百名山】
こんにちは、しこぐらBLOGの四国グラフィです。
この記事では高知県の野根山・装束山について、登山に必要な情報を写真や動画とともに纏めています。
延長35kmに及ぶ野根山街道は一気に歩き切るのはなかなか難しく、本記事では最高地点装束山への登頂を中心としたコースを紹介しています。
※この記事の元になった登山は2025年1月です。
Contents
野根山街道とは

四国百名山に唯一"街道"として名を連ねていることで有名? な野根山街道。
高知県東部、奈半利から東洋町野根までを繋ぐ旧い街道で、参勤交代を含めて越藩の折に歩かれる重要な交通路でした。延長35kmといわれています。
現在においても当時の面影を存分に残し、豊富な史跡や天然物を楽しむことのできる道であり、四国のみち(宿屋杉のみち、岩佐関所のみち) として整備・保護されています。
四国百名山登山の中ではアクセス・歩行距離ともにラスボス感のある場所ではないでしょうか。
踏破するためには車を回すなどして予め用意した上で道中でテント泊などを要します。
このBLOGシリーズでは、街道の中で最高地点かつ一等三角点のある装束山・装束峠、街道の名の由来となる野根山、および林道出合であり登山口としてよく用いられるである宿屋杉の休憩所を要として、分割して歩くことにしました。

宿屋杉を起点に歩きます
参考URL
登山口とアクセス

現地の看板がわかりやすいです
装束山・野根山に日帰りで登頂する場合、候補となるのは東西の2ヶ所です。
今回はより歩行距離の短い宿屋杉から歩きます。
- 宿屋杉 登り口
- 四郎ヶ野峠 登り口

比較的 北川村経由の野川林道の方が走りやすいかと
宿屋杉まで (野川林道)

野根山街道登り口方面への案内あり

落石や倒木に注意
車高がないと厳しいです

四国のみちの看板もあり

宿屋杉登り口へ
Google Map
登山コース紹介

活動時間 4h30m
歩行距離 10.5km
獲得標高 617m
史跡・見所紹介
宿屋杉・三里塚





宿屋杉:かつて樹齢千年以上の大杉があり、根本の空洞が四畳半ほどの広さがあることがから旅人が4−5人泊まれたといわれている。昭和9年に倒壊。
三里塚:野根山街道には奈半利側から一里(約4km) ごとに塚が立てられており、宿屋杉そばに三里塚がある。
今回のコースではここからスタートする。
土御門上皇の歌碑


土御門上皇の歌碑:装束山の展望所そばに立つ歌碑。土御門上皇(つちみかど) は承久の乱の後、自らは関与していなかったために処罰に対象とならなかったが、父である後鳥羽院が流地で過ごしているのに自らが京に留まるのは忍びないと、申し出て土佐に流された。凍える山道で我が身を嘆いた哀愁に満ちた歌。土御門上皇は後述の岩佐の清水でも逸話が残る。
装束峠・お茶屋場




装束峠:装束山は街道中の最高地点。展望所と一等三角点があり、400mほど離れた場所に装束峠の看板が立つ。ここで一息入れて衣装を替えたという逸話が名の由来になっているそう。ここから分かれた石畳の道の先には休憩場があり、ここは特別に身分のあるものが使用していたといわれる。
お産杉

お産杉跡:当時阿波国を攻めていた長宗我部元親の家臣の妻が、戦場の夫を気遣い身重で山越えをしていた際、装束峠を過ぎてから産気づき苦しみだした。通りがかった飛脚が介抱していたが、日が暮れて狼に襲われた際に枝の上に保護され、飛脚が奮闘するうちに樹上で無事に出産していたという逸話によるもの。
加奈木の崩え



加奈木の崩れ:崩れは"つえ"と読む。日本三大崩壊のひとつ。宝永四年(1707年)の地震による崩落ののち、延享三年(1746)年にも崩壊があったことが伝えられている。対象より治山工事が始まり、昭和39年に完成。工費は2億5千万と。娘の姿をした大蛇の化身が大地震を予知し、崩壊前に高いところに逃げろと麓の集落にお告げをした伝説が残っているそう。
岩佐の関所
木下家墓所・二十三列子集結の地






岩佐の関所:かつての土佐三大関所のひとつ。岩佐村と呼ばれ、最盛期は15戸76人が住んでいたそう。木下家は秀吉の家臣であり、関ヶ原以降に山内家預かりとなった折に岩佐番頭を命じられた。近くには木下家の墓所が残っており、乳飲み子と生き別れになった哀話で知られる木下由里さんの墓もある。
二十三列子 集結の地:土佐藩に投獄されていた武市半平太の赦免などを求めて清岡道之助を中心とした若き23人が集結した地。反乱として討伐隊が送られ、のちに阿波国で捕縛され送還された。取り調べもないまま奈半利の河原で処刑された。
岩佐の清水・川島家屋敷跡




川島家屋敷跡:岩佐の関所そば、番士頭川島惣次の屋敷跡とされる。川島は後に二十三列子に加入。
岩佐の清水:土御門上皇が阿波へと歩く際、湧き出る清水を手につけて飲み喜んだ。この折に岩佐の清水と命名され、著名な名水として名を馳せた。現在は枯れてしまっている。
登山記録
とにかく史跡が多いためそれらの紹介は前述でまとめてあります。
登山道と山頂を中心に記録を辿ろうと思います。
登ったのは1月、気温は−2℃ほど。天候は晴れでした。
宿場杉登り口〜装束山

装束山方面と逆へ5分歩けば宿屋杉

天然林がどこまでも続きます

段組みされて歩きやすいです

芸東と太平洋が眺められます
2台のベンチあり

装束山の展望台があります


装束森
標高1083m

登山口より50分
装束峠〜野根山山頂へ

少し離れたお茶屋場跡に休憩所あり


ハイノキやアセビなどもよく見ます

四里塚を過ぎれば関所跡はすぐ

岩佐村と呼ばれ集落があった場所

木立を抜ける前に道を逸れ
野根山の山頂へ向かいます
左手に小さく登山道のプレートがあるのですが...

これを目印に脇道に入ります
さらにすぐ右手の登りへ入ります
まっすぐ進んでいくと降ってしまいます

これ以外にもテープが続いているので
GPSの確認を怠らないように

テープもまばらなので特に注意して

こじんまりとして眺望はわずか
登山口より130分

岩佐
標高983.52m
奥へ奥へと歩き進めていきたいところですが、野根山山頂を踏んだら宿屋杉へと往路を戻ります。
このコースでも歩行距離は10kmは越えておりさほど短い訳ではありません。
地図で確認すると野根山街道の長さが思い知れます。当時の過酷さを偲びましょう。
Movie
あとがたり
四国百名山の異端にしてラスボス、野根山街道のパート1でした。
あくまで山頂にこだわるならば今回のコースが最も手早く回収できるでしょう。
筆者も初めて野根山街道に入るまでは、全部を踏破してみようか悩んでいたものでしたが実際に歩くと当時の面影を色濃く残した史跡の数々に圧倒される道のりで、時間をかけて分割してでも歩いてみようという気持ちになりました。
アクセスも踏破も大変な野根山街道ですが、ぜひその歴史を感じながら歩いてみてください。
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それではまた次のみちでお会いしましょう。
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